少女と子犬. 2



 うなだれた桜井の頭に、ぽん、と、ちいさなぬくもりが落ちてきた。
「……?」
 桜井の落ち込みを感じたのか、少女がちいさな手を伸ばし、懸命に桜井の頭をなでていた。
「おとーさんは、犬がだいすきだよ? だから、おしおきするの」
 驚いてすこし顔を上げる桜井に、いーこ、いーこ、と声をかけながら、少女は続けた。
「あたしもね、そんなにイタズラするなら、あたらしい子に、こうかんしてもらったら? って言ったの。そしたらね、すごーく、すごーく、おこられちゃった」

『育てると決めた以上、どんなことをされても、捨ててはいけない。飼い主として、最低限のルールだぞ』
 たぶん父親の真似をしているのだろう。少女は眉間にしわをよせようとして、まるい鼻さきにしわを寄せながら、父親の説教を覚えている限り再現して見せた。

「好きだから、わるいことしたら、しかるんだって。そうしないと、良いこともいけないことも、わからないままでしょう。ちゃんとはんせいしたら、いっぱいほめてあげるんだって。そうすると、どんどん、いい犬にそだつって」
「…………」
「あたし、犬ってもっとかんたんに、飼えるものだとおもってたの。でもね、おとーさんにいろいろおしえてもらって、すごくむずかしいことが、わかったの」
 ふいに大人びた表情で、ふぅ、息をつくと、少女は続けた。
「とってもいっぱい、あいじょうが、ひつようなのよ」
「……そっか」
 ──愛情か。
 少女の言葉を聞いて、桜井はじわり、と、目もとがかすむのを感じた。濡れた瞳を隠すように、何度かすばやく瞬きをし、顔をあげる。少女をまっすぐに見つめて言った。
「ありがとう」
「? なんで桜井くんがお礼いうの?」
「うん。なんでだろうね。でもね、いいたくなっちゃった。ありがとう」
 少女は不思議そうに桜井を見つめ、やがて自分なりに納得したのか、こくん、と頷いた。
「どういたしまして」
 そのとき、ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。ただいまー、と女性の声がする。
 少女は桜井の耳元へ、もう一度 「ふたりだけの、ひみつだよ」 と囁いて、両親を迎えるために小走りで玄関へ向かった。桜井もあとにつづく。

「おかえりなさい!」
 少女と子犬は、愛する人のもとへ駆け寄っていった。
                                                END


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吉弥様からの拍手コメより、生まれたお話です。
ありがとうございました! よかったらもらってやってくださいませ♪

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