CROSSBEAT(s). 6



 太く力強い速水の腕に、安積は抱きすくめられていた。
「速水……?」
「────悪い」
 すこしだけ、このままでいさせてくれ。喉の奥から絞り出すような声で囁くと、速水は抱きしめる腕をさらに強めた。
 俺の幸せなら、ここにある。
 そう思った途端、体が勝手に動いていた。
 スーツ越しからでもはっきりと分かる安積のぬくもりに、速水は息をつめた。腕の中の体は、柔らかくもなく、優しくもなかった。だが、どんな女よりも速水の血をたぎらせる。体の細胞のひとつひとつが、狂ったようにこの男を欲していた。
 なぜ、安積なのかは分からない。容姿、性格、人格、どれも安積という人間を構成するうえで、好ましく感じるだけだ。
 単純に、彼の核となるもの──魂、とでもいうべきものに、ただどうしようもなく、魅かれるのだ。
 それがなせだかは分からない。考えても仕方がないことだ。
 無神論者の速水にとって、祈る神などいなかった。だが、彼に出会わせてくれたなにかに、時々だが速水は感謝していた。
 安積に出会えた。傍らで見守ることが出来る。だから、このぬくもりに二度と触れることはなくても───俺は、幸せだ。
「悪かったな。お前があんまり脅かすから、柄にもなく怖くなっただろうが」
 速水は意志の強さで安積を抱きしめていた腕をほどくと、普段通りの笑顔を作った。さすがに、安積の顔は見れなかった。
「不安にさせた罰として、今度一杯おごれよ」
 納得できない心は、きりきりと音を立てて痛む。その痛みを無視して、速水はもう一度、意識して笑みを浮かべた。
 安積はその顔を静かに見つめ、言った。
「笑うな」
 安積は速水の笑顔を張り付けた頬に、片手でそっと触れた。
「笑わなくても、いいんだ」
 もう一方の手も伸ばし、両手で速水の顔を包みこむ。
 安積は、速水の目の奥を覗き込むように見つめ、そっと告げた。
「速水。俺はもう、逃げない」
 だから、真実を──笑顔の裏にあるものを、教えてくれ。
 速水は安積の言葉が聞こえなかったかのように、身を固くしたまま、じっと安積の目を見つめた。
 ふたたび感じる安積のぬくもりに、これは現実なのだ、と、じわじわと実感がわいてくる。
 ───あたたかい。
「……馬鹿だな。逃がしてやるつもりだったのに」
 想いが喉に絡んだかのような低い声で呟くと、速水は頬をつつむ安積の手に、自分の手を重ねた。
 安積の耳元に唇をよせ、お前が、好きだ。と告げる。
 その言葉に、安積は小さくうなづいた。
 速水は震える腕をゆっくりと伸ばし、安積を強く抱きしめた。
 安積の腕も初めはぎこちなく、やがて徐々にきつく、速水の背を抱きしめた。
 二度目の抱擁は、そのままベッドへ重なりあい、一晩中、ほどけることはなかった。

                       * * *

 腕の中で穏やかに寝息をたてる安積を、速水は愛おしげに見つめた。そして突然ちいさく、喉の奥で笑い声を上げた。
 幼馴染の、子供ならではともいえる必殺技を、思い出したのだ。

『なおき君、しってる? 花の、まん中のとこはね、ちっちゃな花が、いっぱいあつまったものなんだって』
 だから、これも、花びらなの!
 そういうと少女は「嫌い」で花弁の無くなった花芯を、空に放り投げたものだった。
 そして少女は、かならず自分の欲しい答えを手に入れるのだ。

 好き。という答えを。

                                                END


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