CROSSBEAT(s). 1



 それは一種の、賭けだった。
 口づけを交わすことができれば、今までの想いを告げる。
 口づけを交わすことができなければ、この想いに、終止符を打つ。
 速水は眼を閉じ、見えなくてもわかる安積の体温を愛おしく感じながら、想いをめぐらせていた。
 ──花占い、なんてのもあったな。
 幼いころ近所に住んでいた少女。その娘が小さな手で花を摘むしぐさを、速水は驚くほど鮮やかに思い出せた。ふっくらとした指先で、白い花弁を一枚ずつ、ちぎっては投げ、投げてはちぎり。好き、嫌い、好き、嫌い、好き──
 だから、安積が唇をふれあわせる前に顔をあげた瞬間、速水は自分の意外なロマンティストさにあきれ、思わず大声で笑ってしまった。

 ──嫌い。

 そして速水は、安積を想うことをやめた。

                       * * *

 ワンピースを着終わると、振り向きざま、ユカが言った。
「わたしね、今度、結婚するの」
 だから、もうここには来ないわね。と続ける。
「そりゃ、よかったな。おめでとう」
 速水はまだベッドに寝そべったまま、ユカの着替える姿を眺めていた。
「ありがと。速水さんは、そう言ってくれるって思ってた」
 ユカはにっこりと微笑むと、軽く速水に口づけした。
「寂しくなるな」
 速水も笑みを返しながら、やわらかい唇をついばんだ。

 ユカと速水は、いわゆるセックス・フレンドだった。どこかのバーで知り合い、何度か一緒に飲んだ。誘ったのはユカからだった。その時の二人は、お互いに満たされない体を癒してくれる相手が必要だった。「心はごめんなさい、いらないの。体だけ、やさしくして」抱き合う前、ユカは速水に告げた。速水もまったく同じ心情だったので、それからどこか共犯者めいた、快楽を求め与えるだけの関係が続いていた。
 速水はユカの、華奢でやさしげな姿とは裏腹に、芯のしっかりした、自分を持っているところが気に入っていた。自身の欲求に正直で、それを実行する行動力も好きだった。
 口には出さないが、ユカならもっと若い奴が、それこそ自分で声をかけずとも寄ってくるはずだ。「わたし、ファザコンなの」と言っていたが、それが本当の理由かはわからない。どうして自分が選ばれたのか、速水には気にならなかった。

「でもね、最後に一回だけ、デートして。一緒にウェディングドレス見てほしいの」
 あたしの晴れ姿、速水さんに見てもらいたいのよ。と言われ、さすがに速水も驚きに眉をあげた。
「彼氏にでもバレたら、大事じゃないか?」
「大丈夫。何回か行くだけの店だし。それにまだ、彼、アメリカなの。……うん、伯父さんじゃ、速水さんは若すぎるよね。従兄のお兄ちゃんでいこう」
 高級そうなバッグから小さな化粧ポーチを取り出しながら、ユカは楽しそうに思案する。その化粧をしていない顔は十代でも通りそうだが、たぶん二十代半ば辺りだろう。お互いに歳は聞かなかったし、必要なかった。社会人として自立している成人男女。そして体の相性が合えば、抱き合うことに年齢は無意味だった。
「近くでごはんもしたいから、スーツで来てね」
 互いの都合が合う日時を決め、待ち合わせ場所を指定すると、ユカは甘い香りを残して速水の部屋を出ていった。


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