背中



 造一の説明によれば──識臣の中で、造一は『母さん』に、何故このような場所で母親役を担っているのかを尋ねた。神経を剥き出しにされた状態で、ポットに何ヶ月も繋がれる。楽しい役割では決してない。
 『母さん』は答えた。
──お父さんを守りたいの──
 『お父さん』は子供を守る存在ではないのか?
 造一の疑問に、『母さん』は優しく答えた。
──お父さんは、時に、弱い存在でもあるの。
  だから子供にとっても、お父さんは愛おしいものなのよ──

 造一の説明はコズロフに感傷をもたらした。父と娘の、互いを想う気持ち。そして、その結末。それでも娘に愛された父親は幸せだっただろう。
──お父さんは愛おしいもの──
 その言葉が胸にずしりと響く。
 だが。
 コズロフは、自分の上にいる造一を見上げた。
 その『愛おしい』と、こいつが口にした『愛おしい』は、意味が違わないか?
 子供は普通は、父親にこんなことはしないぞ!?
 造一は無表情のまま、言葉を続けた。
「あんたを初めて見たとき、『お父さん』だと思った。子供を探し、守っていたからだ。だが、自信はなかった」
 造一は脚でコズロフの動きを封じ、片手で頬を撫でた。
「だが、その直後、俺の体液は沸騰しそうになった。あんたを見るたびに、顔の温度が上昇した。そして、俺はあんたを愛おしいと思った」
 造一の顔がコズロフに近づく。
「だから俺は、確信した。あんたは『お父さん』だ」
 造一の唇が、コズロフの耳の内側に触れた。僅かに体毛の薄いその部分を舌が撫でる。
「やめろ!」
 コズロフは必死に叫んだ。造一が身体を起こし、コズロフを見下ろした。
 その、表情のない目の中に、雄の獣の光が宿っているように見えたのは──絶対に錯覚だ。
 コズロフは泣きたくなった。こいつに中途半端に親子愛を教えた、『母さん』を呪いたくなった。
 どうしたら、こいつの誤解を解くことができるんだ? 俺はおまえの『お父さん』じゃない!
 コズロフの気持ちなどおかまいなしに、造一は、コズロフに身体を重ねた。ふかふかとした体毛に顔を埋め、じゃれるように額をすりつける。
 なすすべもなく、ただしたいようにさせるしかなかったコズロフの耳に、愛おしそうな声が届いた。
「お父さん」
 コズロフは首を動かし、おそるおそる、自分の上に乗る男を見た。
 造一は──眠っていた。規則正しい呼吸音が聞こえる。
 人造人間でも眠るのか、と、コズロフは意外に思った。
 造一の手はコズロフの体毛を握ったままだ。
 親に抱かれて、安心した子供の眠り方だ──コズロフはそう思った。
 少しのためらいの後、コズロフは自由になった左手をあげた。造一の背中をあやすように、ぽんぽんと叩く。
 造一の顔は体毛に埋もれているため、コズロフからはよく見えなかった。
 だから、コズロフは知らなかった。造一の寝顔が、コズロフの知っている笑顔と同じだということを。そしてコズロフは知らなかった。その笑顔が、造一が生まれて初めて笑った時と、同じ笑顔だということも。


END


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