背中



 造一がコズロフの隣に腰を下ろした。
 長く長く続く道の上を夜の風が静かに吹き抜ける。
 目の前にあるのは、崩れた建物の残骸だ。
 夜の闇が全てを覆い尽くしている。だが、二人の目には、それらが見えていた。
 この再会が、何日ぶりなのか、あるいは何百年ぶりなのか、コズロフには分からなかった。
 造一の手がコズロフの体毛に触れる。ふかふかとした手触りを楽しむように、腕、腹、胸をたどっていく。
「俺はぬいぐるみじゃないぞ」
 くすぐったい感覚に顔をしかめながら、コズロフは言った。
「ぬいぐるみ?」
 造一は僅かに意外そうな表情で、コズロフを見上げた。
 隣に同じように座っていても、造一の顔の位置はコズロフよりずいぶんと低い。
「俺は子供じゃない」
 造一が言った。
「それに、あんたは、ぬいぐるみなんかじゃない」
 そうだ、俺は、強いて言うなら──熊だ。 だから、ぬいぐるみのように懐くな──
 そう言おうとしたコズロフに、造一は真面目な顔で言った。
「あんたは、『お父さん』だ」
 コズロフは絶句した。
 こんなに愛想のない子供を持った覚えはない。
 そもそも、たった今、こいつは自分で、子供じゃないと言わなかったか?
 造一はコズロフの体毛を弄びながら、抑揚のない声で言った。
「あんたを初めて見たときに思った。母さんが言っていた『お父さん』というのは、多分、あんたのような存在のことを言うのだろう」
 母さん? 識臣の中で母親役を務めたという、少女のことだろうか。
「何があろうと子供を守る。娘をどこまでも探しにいく。背中が広い。
 それが、母さんが教えてくれた『お父さん』だ」
 子供。娘。──イオンのことか。
 そう言われれば、確かに心当たりはある。つまり、こいつは俺を『イオンの父親のようだ』と言いたいのか──?
 造一の顔は、ほとんどの場合、無表情だ。表情が読めない上に、話が突拍子もないので、コズロフは困惑していた。
「復物主の子を見たとき、あんたの気持ちが分かった気がした。 そして、あんたのように、復物主の子を守りたいと思った」
 そうか、こいつには父親役がいなかったのか。 だから、話でしか知らない父親像を俺から『学習』したのか──
 コズロフは自分を最初に育てた男を思い浮かべた。育てた、という言葉は、正確ではないかもしれない。だが、自分にとってあの男はまぎれもなく『親父』だ。
 造一が父親像として、自分を選んだ。そう考えると、コズロフは少し照れくさくなった。だが、悪い気はしない。父親は男にとって、到達すべき最初の目標だ。
 造一が立ち上がった。コズロフの正面にまわって膝をつき、大きな身体に自分の頭を埋める。子供が親に甘えるような仕草だ。
 なんだ、案外とかわいいところもあるんだな──
 意外な行動に少し驚きながらも、コズロフは左手で優しく、造一の背中をぽんぽんと叩いた。
 すっかり父親気分で造一をあやしていたコズロフは、次の瞬間、目を見開いた。


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